アナリスト鼎談「売上高1兆円企業」への道筋。
社長とアナリストが語る
ファーマシー事業と
リテール事業の成長戦略
代表取締役社長
大谷 喜一 (写真左)
野村證券株式会社
医薬ヘルスケア・チーム・ヘッド
繁村 京一郎氏 (写真中)
UBS証券株式会社
コンシューマー・セクター・ヘッド
風早 隆弘氏 (写真右)
アイングループは2025年3月に中長期ビジョン「AmbitiousGoals2034」を発表し、「売上高1兆円企業」という新たなステージへと大きく踏み出しました。業界再編が加速し、薬局のあり方が問われる変革期に、リーディングカンパニーとしてどのような価値を創出していくのか。代表取締役社長の大谷喜一に加え、長年業界を見つめてきた野村證券の繁村京一郎氏、UBS証券の風早隆弘氏を迎え、当社グループの中長期ビジョンや調剤薬局業界の展望、リテール事業の可能性について率直に語り合いました。
「中長期ビジョン」は成長への羅針盤であり、ステークホルダーの皆さまへの約束
大谷喜一(以下・大谷) まず、当社が「売上高1兆円」という大きなビジョンを掲げた背景についてご説明します。
当社グループの社員数は2025年8月時点で2万4,000人規模にまで拡大しました。M&Aによって急成長する中で、これだけ多くの仲間が高いモチベーションで日々の業務に向き合っていくためには、「会社がどこへ向かうのか」という方向性を明確に示すことが重要です。当社グループがどのような会社を目指しているのか、数字の目標も含めて明確に示しておく必要があると考えました。また、株主をはじめとする市場関係者の皆さまに対し、私たちが今後どのような成長を目指しているのかを力強く発信しなければ、正当な評価やご理解をいただくことはできません。
正直なところ、経営者としてはこのような数値目標を積極的に掲げたくないという思いもあります。それは、数値の達成そのものが目的化してしまいがちだからです。しかし、リテール事業が第二の柱として成長してきたことに加え、調剤報酬改定にも対応できるだけの自力がついてきました。「大きな目標を掲げて挑戦できる体制が整った」と判断して、中長期ビジョンを発表しました。
繁村京一郎(以下・繁村) 「中長期ビジョンを示してほしい」という声は確かにマーケットにありました。今回、ファーマシー事業で7,000億円、リテール及びその他の事業で3,000億円と定量的な目標を示し、それに向けてどのようなステップを踏んで何を実行していくのかを明確にされたことは、非常に重要なメッセージになっていると考えます。ともすれば、経営計画がビジョンというより単なる「達成目標」になりがちな傾向があります。しかし、アイングループの中長期ビジョンからは、「私たちはこうなりたいんだ」という経営陣の明確な意思が伝わってきました。
調剤薬局業界では、ある程度M&Aを伴わなければ規模拡大が難しい一方で、「規模だけでなく、収益性も兼ね備えた成長が可能である」というメッセージを発信することが、業界全体にとって必要だと感じています。そうでなければ、調剤報酬改定の影響を受け、疲弊し続けるだけになってしまうためです。その点で、今回大谷社長から「調剤報酬改定に対応できる自力がついた」という言葉が出たことは大きな転機だと思います。今回の中長期ビジョン達成に向けてアイングループがどのように行動するのか。それが今後の業界動向を計るベンチマークになると言えるでしょう。
風早隆弘(以下・風早) 今回の中長期ビジョンを拝見して、非常に安心感を覚えたというのが率直な感想です。中長期ビジョンは社員や株主、マーケットに向けたものであることはもちろんですが、私はそれ以上にお客さまや社会に対する力強いメッセージだと受け取りました。「10年後も成長し、地域社会で存続し続ける」という約束は、薬局をご利用いただくお客さまにとって大きな安心材料となります。業界再編が加速する中、「近所の薬局が10年後も存続するのか」と不安に感じる方は少なくありません。今回の中長期ビジョンで、アイングループが具体的な規模を伴って医薬品の供給責任を果たし続けると約束されたことは、数字以上の大きな意味を持ちます。さらに、国の医療行政を担う政府の視点で見ても、ナショナルヘルスケアシステムの一翼を担うという強い意志表示は、社会インフラとしての薬局の未来に安心感を与えるものだと感じました。
また、保守的な経営計画を掲げる企業が多い中で、経営トップ自らが成長への大胆なビジョンを示したことは、非常に評価に値する点だと思います。
「中長期ビジョンは、社内に方向性を示し、マーケットに力強いメッセージを発信するために必要でした」
M&Aによる規模拡大とDXによる効率化で、地域医療への責任を果たしていく
繁村 調剤薬局は現在全国に約6万3,000店舗存在し、今も増加傾向にあります。一方で、業界再編も進んでいます。現在、上位10社がようやくシェア20%を超えた状態ですが、今後さらに集約化が進むでしょう。
その中で最も重要なのは、薬剤師の人数を確保し、質をいかに高めるかという点です。そして、その質を担保するために不可欠なのがDXへの投資です。DX導入によって単純業務が効率化されれば、薬剤師はかかりつけ機能の向上といった本来の職能発揮に注力できるという好循環が生まれます。逆に、DXを導入・推進しなければ、単純業務に追われて対人業務に十分な労力を割きにくく、調剤報酬の点数が減ってしまうという悪循環に陥ります。これは大手だけでなく、個人経営の薬局や在宅医療においても同じです。こうした中、アイングループには業界リーダーとして、調剤薬局業界のロールモデルになってもらいたいと期待しています。
大谷 収益性を伴う成長のためには、M&Aと並行して事業そのものの競争力を高める必要があります。その最大の鍵がDXへの投資です。今から7年前、「このままではデジタル化の波に乗り遅れ、他社に遅れを取る可能性がある」という強い危機感を抱き、覚悟を決めてDX部門への大規模な投資と人材獲得に踏み切りました。当時6名だった組織は、現在では約100名体制となっています。彼らの尽力なくして、現在のAIを活用した薬剤服用歴入力の効率化といった業務改革も、さくら薬局グループのような大型M&Aも、成し遂げることはできなかったでしょう。
もう1つの成長の柱であるM&Aについては、業界は今、創業者の高齢化等を背景に、まさに再編の大きな渦中にあります。これまで市場に出ることがなかった優良案件も増えており、当社にとっても大きなチャンスと捉えています。
繁村 まさに、規模拡大とDX投資が成長の両輪ですね。シェアが10%を超えれば、業界での発言力や地域への影響力も飛躍的に高まるでしょう。
大谷 規模の拡大は、単に売上を追求するためだけでなく、地域医療への責任を果たすためにも必要です。現在、地方では調剤薬局の撤退が相次いでおり、特に敷地内薬局は2024年度の調剤報酬改定の影響で収益が悪化し、北海道だけで6店舗が撤退しました。しかし、当社は撤退していません。我々が撤退すれば、その地域で必要な薬が手に入らなくなってしまうからです。当社がさくら薬局グループのM&Aを行った理由の1つは、全国2,000店舗を超えるネットワークを通じて、地域医療への貢献を示すためです。
さらに、地域医療の未来を見据えたとき、調剤薬局が担うべき役割は広がっていくでしょう。今後は、在宅医療機器の普及が進んでいくと考えられます。そのラストワンマイルを担えるのは、患者さまにとって身近な存在である地域の調剤薬局です。全国に広がるネットワークがあるからこそ、こうした新しい医療の形を支えることができると考えています。
繁村 在宅医療の新しい機器を地域へ届け、適切に使用できるようにするためには、最新の知識を持つ薬剤師の存在が不可欠です。アイングループには、全国規模で薬剤師を教育し、その質を担保できるシステムがあります。その強みを活かし、規模と質の両面から、これからの地域医療を力強く支えるセーフティネットの役割を果たしていただくことを期待しています。
「アイングループには業界リーダーとして、薬剤師の活躍の場を広げ、業界の変革を牽引していくことを期待しています」
ドラッグストアでも化粧品店でもない独自ポジションを築くリテールの「逆張り戦略」
風早 ファーマシー事業と並行して、もうひとつの柱であるリテール事業の独自性も、アイングループの大きな魅力のひとつです。コスメを中心に扱う「アインズ&トルペ」は、従来のドラッグストアとは一線を画した新しい業態を創造し、他にはない独自のポジションを確立していると感じます。
大谷 アインズ&トルペはドラッグストアというカテゴリーで見られることが多いですが、収益性や利益率の点で非常にユニークです。実際、アインズ&トルペをオープンした際、ドラッグストア業界からは「あれはドラッグストアではない」と認識され、化粧品専門店からは「あれはドラッグストアだ」と捉えられたことが印象的でした。両業界から異なる評価を受けたことは、まさに私たちの狙い通り。つまり、どちらの業界からも競合とみなされていないということなのです。既存のカテゴリーに当てはめられることを避け、独自の価値を創造する。これが当社グループの一貫した戦略です。
風早 まさに「逆張り」の視点ですね。リテール事業で興味深いのは、実は多くの企業が目を向けていない市場を、アイングループが積極的に開拓しているという点です。
「美しく、すこやかでありたい」というニーズは、都市部の人だけのものではありません。しかし、地方では化粧品専門店や、GMS(総合スーパー)が減少し、選択肢が限られています。その一方で、大手ドラッグストアは都市部への出店に注力し、地方のドラッグストアは食品分野の強化にシフトしています。こうした中で、アイングループは他社が手をつけない市場に挑戦し、明確な競合がいないポジションを築いています。実際、九州等での展開は非常に好調だと伺っています。
大谷 好調な店舗のひとつが「アインズ&トルペヨークパーク郡山店」です。3階という立地のため当初は不安がありましたが、インショップとしてFrancfrancを導入したところ、予想をはるかに上回る成果を上げることができました。これがきっかけでFrancfrancとの統合にもますます手応えを感じることができました。九州では福岡に5店舗の他、熊本、鹿児島でも展開しており、非常に好調です。
風早 地方都市である郡山の3階という立地で成功されたことは、集客力の証明でもあります。店余りの時代が来ると、集客力のあるテナントは有利な条件で出店できるようになります。ただ、追い風があるだけに、ブランドに安住することなく、常にクオリティ向上を追求し続けることが重要です。
一見すると、ファーマシー事業とリテール事業はまったく違う事業に見えますが、実は根底には共通の価値があると感じています。それは、オンラインでは得ることが難しい「体験価値」です。調剤薬局で薬剤師という専門家から得られる安心感。そして、店舗で心躍る商品と出会う楽しさ。どちらも、お客さまが実際に店舗に足を運ぶからこそ得られる価値です。この「体験価値」こそが、アイングループ全体の揺るぎない強みだと感じます。
大谷 一方、課題もあります。Francfrancは、収益性の面で、本来持っているポテンシャルをさらに発揮していくための方策を引き続き講じていく必要があります。そのため、現在は旗艦店のリニューアル等を通じて、まずは事業の基盤強化に注力しています。両ブランドがそれぞれ強みを発揮することにより、シナジーが創出されると考えています。多くの先進的な小売企業がそうであるように、事業はある一定の規模に達すると、商品開発の質が劇的に変わります。スケールが変わった瞬間に、収益力もまた大きく変わるのです。ふたつのブランドがそれぞれ1,000億円を超える規模になったとき、質的な転換が起きると期待しています。
「『体験価値』こそが、アイングループの揺るぎない強みだと感じます」
企業文化を次世代に受け継ぎ、「8兆円市場」のトップランナーに
繁村 最後に、こうした成長を支える企業文化についてお聞かせください。大谷社長の強いリーダーシップのもとで成長を続けてこられましたが、その企業文化を次世代にどのように受け継いでいくお考えでしょうか。
大谷 当社の企業文化の根幹は、「社員が一番大切である」という考え方と、「常に変化し続ける」という姿勢です。このふたつの精神を、近年外部から加わった優秀な次世代の経営陣に、いかに深く理解してもらい、受け継いでもらうか。それが私の大きな課題です。実は私自身、もともと「理念」や「哲学」といった言葉を語るのはあまり好きではありませんでした。しかし、会社の規模が大きくなるにつれ、社員が拠り所とすべき精神を経営者として明確に言葉で示す必要性を実感するようになりました。現在は我々のグループ・ステートメントをまとめた「AIN BOOK」のリニューアルも進めています。会社が今後さらに成長していくためにも、創業の精神を大切に受け継ぎ、すべてのステークホルダーの皆さまのご期待にお応えしていく所存です。
繁村 まさにその精神こそが、これまで規模やタイプの異なる企業や店舗がそれぞれ経営課題に向き合うような構造となっている調剤薬局業界に今求められているリーダーシップの形だと思います。薬剤師の活躍の場を広げ、その専門性を社会に発信することで、業界全体の地位向上をリードしていただきたい。8兆円市場のトップランナーとして、今後も日本の医療の未来を切り拓いていかれることを期待しています。
風早 人生100年時代において、誰もが「安心して長生きしたい」と願っています。アイングループは医薬品の供給という極めて大切な社会的使命を担っています。それを、上場企業として企業価値を高めながら実現している点は、非常に素晴らしいと考えます。医療制度という公的な枠組みと、企業経営という民間の論理を両立させている。この難しいバランスを保ちながら、今後も末永く社会に貢献していただけることを、心より期待しております。